|校 歌|
昭和27年制定。作曲は、日本における音楽史のうえで、山田耕作氏と共に西洋音楽の草分けとして名高い、信時 潔(のぶとききよし)氏、作詞は、当時帯広畜産大学学生であった永田直春氏によるものです。作曲者の信時潔氏は、ドイツに作曲を学び、歌曲「沙羅」「海ゆかば」、合唱曲「海道東征」「いろはうた」等を残しております。 |
|柏葉歌|
昭和7年、北海道庁立帯広中学校校歌として制定。新しく帯広柏葉高等学校校歌が制定される昭和27年まで、校歌として歌われてきました。作詞は、童謡作家として有名な、葛原しげる(滋の旧体。草冠でなくソ一と書く)氏、作曲は、日本歌曲「城ヶ島の雨」などの作曲者として著名な、札幌出身の作曲家、梁田 貞(やなだただし)氏であります。歌詞並びに曲は、十勝の雄大な自然と美しさ、そして人間形成の目的を示唆する内容を歌い上げており、現在、生徒はもとより、3万余の同窓生が逍遥歌として愛唱しております。 |
昭和25年、高校統廃合により「帯広柏葉高等学校」と改称された当時の美術教諭である小林守材先生がデザインし、同年6月14日に制定されました。 「高」の一字を、帯広中学校、帯広高等学校からの伝統である「柏」の葉をイメージし変形したもので、地色の「白」は清浄潔白を意味し、本来七宝焼きであったことから“高貴で美しい心を持て”という願いが込められています。 |
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